東京高等裁判所 昭和26年(く)70号 判決
本件は、昭和二十五年六月二十六日附並びに同年七月十八日附の連合国最高司令官の内閣総理大臣宛書簡による指令に従い、発行を停止された日本共産党機関紙「アカハタ」の同類紙として、昭和二十五年九月十三日停刊を命ぜられた新聞「民主青年新聞」の後継紙である新聞「新青年新聞」の発行行為をなしたというにあるが、(一)発行所は東京都に所在すること。(二)編輯責任者は東京都に所在すること。(三)発送、元売捌所は東京都に所在すること。(四)本紙を違法と認定した又発刊停止処分をなした特審局は東京都にあること。(五)新聞「新青年新聞」が後継紙であると認定された元の新聞「民主青年新聞」も亦その一切の関係は東京都にあること。(六)その他重要な書類、証拠物、証人等はすべて東京都にあること。(七)本件の関係者が東京においても起訴されていること。(八)本件については単に発送の有無が問題でなく、本件新聞紙が政令第三二五号に違反するものであるかどうかが争点の中心であつて、このことの決定は東京において決定されることが自然であること。(九)全国で個々別々に裁判がされるときは不完全な資料に基きなされ既成事実がつくられること等の理由に基き、被告人及び弁護人は東京地方裁判所に本件の移送を請求した。仮りに本請求が何等かの理由で容れられない場合には、長野、松本、飯田の三裁判所における被告人六名は之を統一して裁判をして貰いたいと要請した。何とならば(一)かゝる全く同一性質の事件を県下三箇所の裁判所において別個に行うことは、種々煩さな事態をもたらし、又被告人にとつても相互に連絡をとり、方針、資料の統一等も不可能であり、被告人の利益を阻害するものであり、又弁護人においても長野県の地理的事情からして、時間的にも、経済的にも、空費が甚しい等すべての点において不合理となる。(二)「平和のこゑ」の例を見ても、各県その取扱がまちまちである等の理由で、県下の裁判所を統一されたい旨申立てた。
しかるに、原裁判所は、証拠調を開始したとの理由で移送の請求を却下した。しかし刑事訴訟法第十九条第二項にいう証拠調とは、裁判所が証拠調を行うことをいうのである。本件において被告人が移送の請求をした段階は、検事が証拠調の請求をしたのみであつて、弁護人は之に対して何等の意見をも述べておらない。即ち立証段階に入つたに過ぎないのであつて、その段階においては未だ同条第二項にいう証拠調は開始されていないのであるから、原決定は不当である。よつて原決定を取消し、本件を東京地方裁判所に移送する旨の裁判を求めるというにある。
よつて、審按するに、本件第一、二回公判調書の各謄本並びに昭和二十六年八月二十七日附被告人及び弁護人名義の移送の請求と題する書面によれば、原裁判所は、前記被告事件について、昭和二十六年七月三日第一回の公判を開廷し、被告人及び各弁護人出頭の上、検察官は起訴状を朗読したこと。その後裁判長は証拠調に入る旨を告げ次で検察官は、証拠により証明すべき事実を明らかにした上、証拠として各種書面、新聞等の取調を請求したこと。之に対し主任弁護人は、その取調請求に対する意見は次回にしたい旨を述べたこと。
次いで同年八月二十七日の第二回公判期日において、主任弁護人は、抗告理由所論のような理由で移送の請求をなし、原裁判所は、之に対し合議の上刑事訴訟法第十九条第二項の規定により却下する旨の決定を宣したことを認めることができる。
しかして刑事訴訟法第十九条に規定する移送決定は、被告事件の実体的審理に入る前にのみなし得るものであるから、検察官が証拠により証明すべき事実を明らかにした以上、仮りに被告人弁護人が之に対し意見を述べていないとしても、同条第二項にいわゆる被告事件につき証拠調を開始した後に該当するものといわなければならない。しからば本件においては、既に移送決定をすることができない段階に進んでいるのであるから、同条項の規定によつて、本件移送の請求を却下した原決定は正当である。
次に長野県下の各裁判所に繋属する事件の併合を求める点については、原決定の対象となつていないから、当裁判所においてその判断を示すべき限りではない。
以上の理由により、本件即時抗告はその理由がないから、刑事訴訟法第四百二十六条第一項により主文のとおり決定する。